ふたりの星

おおざっぱな韓国の女のイライラする日本適応記

第2の思春期、可能性の時期

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年10月4日

 

所得申告の問題がありまして、大阪のある区役所に電話をかけました。日本で生活している外国人としてもし避けることができれば、避けたいことがいくつかありますが、そのなかでいちばんつらいことと言えば、それは市税事務所やら日本年金機関やら字を見るだけで頭が痛みかける官庁の書類業務をすることです。使う言葉も固すぎ、空気も固すぎ、何とか緊張しすぎの状態になってしまいます。「去年の所得申告を忘れてしまいまして、今年の保険料を確定することができなくなってしまいました。今でも申告したいですが、学生ですので、平日の訪問ができません。できれば、郵便でしてほしいですし、所得申告証明書ももらいたいです。」などのことを聞きたかったです。やはり、大変でした。自分なりには頑張ろうと思って頑張りましたが、普通の日本人と比べると、2倍以上の時間がかかってしまいまして、聞いて、答えて、説明して、回線回りが続いていました。保険課のある男の公務員は他機関の電話番号を知らせながら、結局、イライラとする大声で私に叫びました。心も、鼓膜も、自尊心も、ボロボロになってしまったワタシも「もういいから、辞めて下さい。自分で調べます。ご多忙の中に大迷惑をかけてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。」と多少憎まれ口をしてしまいました。(ワタシの日本語の発音は非常に変ですので、相手が私の言った言葉を理解したかどうかは知りません)電話を切るや後悔してしまいました。思い出すだに恥ずかしくて仕方がありません。もう年も取った大人なのに、今日のワタシなんて―

 

日本に来て、3年も経ちました。日本語、友達、生活、勉強―全てのことが普通に満ちれません。50%の日本語、50%の人間関係。半分の人生です。何をしても、自信満々としたワタシはもう消えてしまいました。日本に適応することにはまだ長い時間が要りそうです。もちろん、ツライことばかりではありませんが、毎日、勇気を出さないといけない人生を生きていくことは簡単な問題ではありません。が、うまれて20年間築いてきた韓国への生活をただ3年の日本への生活に期待するなんて到底あり得ないことだと思います。日本にまた迎えるようになった第2の思春期をゆっくり楽しめようとしています。成長するためには、今日のことのような恥ずかしい経験は必修かもしれません。私は韓国にも属していないし、日本にも属していません。そこで、良い芸術家になろうと決心しました。いつかの宝本は泣きそうな顔をしているワタシに「人生に偶然はない」と言ってくれました。4月のある日、学科の52名の人の前にワタシはそんな言葉を言ったこともあります。「どこにも、誰にも役に立つ人になりたいです。今の私はいつも迷惑かけている人にすぎないかもしれませんが、将来には皆さんと同等な同僚として一緒に働ける人間になれるように、4年間頑張りたいと思います。」 好きなことで食べながら、彼の隣に居られると最高の人生ではないかと思うわけもあります。以上の理由で、いくら辛くても、頑張るしかない―と新しく心がけました。

 

四条駅前のスタバで書き始めましたが、途中に閉店の時間になってしまいまして、帰りの烏丸線とJR琵琶湖線で続けて書きました。いくら恥ずかしい瞬間でも、大切にするべきです。今日はいつかの私が一生懸命に祈った夢―からです。彼は昨日も今日も明日も「힘내! ヒムネ!(頑張って)」と言ってくれます。この言葉のおかげで、疲れても、勇気が出せます。良いことを楽しめながら、つらいことに耐えれば、あという間に成人になっているかもしれません。